くたばれ!2:6:2の法則
こんにちは。ヤトミックカフェ運営人の矢透泰文です。
最近知ったのですが、どうも社会では、「2:6:2の法則」というものがまかり通っているようです。私は非常に不愉快な気分でいっぱいです。
私は怒っているのです。賢明な読者の皆様におかれましては、こんな愚かな思考にだまされることなく、のびのびと生活していただきたいものです。そんな願いをこめて、エントリーを書きました。
2:6:2の法則とはなにか
2:6:2の法則とは、組織の中の人材は、一定の割合で以下のように分かれる、というものです。すなわち
- 2割のできる人(自ら動き仕事をとる。リーダーになる)
- 6割の普通のひと(言われた仕事はこなせる)
- 2割のできないひと(お荷物)
できるひと、普通のひと、まではいいとしますが、2割を「できない人」と断じるその思考回路はまことにおぞましい。インターネットでは、できない2割を「辞めさせるのはもったいない」とか「なんとか活用しよう」などとという言い回しで書いている記事もあり、てめえらのところの人間は消耗品なのか、どうなってんだと憤慨し机をガジガジとかじってしまう私の不始末であります。
この組織論は、もともと蟻の研究から生まれたものらしいのですが(蟻の社会には、一定の割合でまったく働かないグループが存在することがわかっている)、 人間社会に本当に適応したものなのか、ということを調べても、科学的根拠にもとづいたものであるという証拠は見つからず、どうも経験論らしいのです。怪しい。
なぜこの法則がおぞましいのか
たしかに、経験論としては、わからないでもない。
自分の会社を見ただけでも、組織の中には、2割(くらい)の「できる人」は存在しますし、「できる」まではいかなくても、多くの「割と普通の人」が確かに存在するでしょう。
しかし2割の「できない人」が存在する、というフィルターを通してしまったら、何人かはポロポロと最後の2割に転落するでしょう。
何を隠そう、私がその1人です。
「できない人」でふるいにかけたら私はすぐさまポトリと落ちるでしょう。「できない2割を選別し、クビにしろ」そんな無茶苦茶な号令をたてられたら、私はすぐさまクビになるでしょう。
人間を「できる/できない」とか「使える/使えない」とか、そういう言葉を嬉々として使う人は、そんな言葉で人間をくくり始めた瞬間に、「できない」「使えない」という方に転落するだろう人間の恐怖を知らないのでしょう。
あるいは、いつか自分がそう言われる立場に転落するだろう、という可能性を想像できないか、そういう一つの尺度でしか人間を判断しないことの、恐ろしい不毛さを知らない。そんな人ばかりが集まった組織は、早晩瓦解するでしょう。
そんなことより大事なことがあるのではないか
しかし、この無茶苦茶な法則には、お茶目な面もあります。
「2:6:2が常に一定の割合で存在する」という部分がミソで、できない2割を取り除いたとしても、残った集団の中で、あらたに2:6:2に分かれるだけだろう、というのです。
「だからできない奴をクビにしてもムダだ」
と松下幸之助氏が言ったとか言わないとか。
そんな経験論にもとづいたあやふやな法則に、まともに関わるのはやめたほうが身のためです。私の場合は、自衛のためでもあります。
先般より書いている「ストレングスファインダー」による強み分析は、そんな法則とは真反対のものです。できる、できない、で断じるのではなく、弱点も含めて人それぞれの強みを理解し、徹底的に、活かし、伸ばせ、という思想ですから。
つまり「手持ちのカードで勝負するしかない」という状況で、各カードをどれだけ活かし、適材適所で使えるか、という考え方なわけで、そのほうが実際の組織によほどマッチングしていると思います。
「できる人ばかりが集まった」ドリームチームを夢想するような人には、ぜひとも現実に目を向けてほしいものです。