ご機嫌なおじさんでいるために、自意識との付き合い方を本気で考える

こんにちは。ヤトミックカフェ運営人の矢透泰文です。

2019年が明けました。

ブログを書かずにいる間に、光陰矢の如く、仕事やプライベートにて様々に得難い経験をしている中、気がつけば37歳を迎え(ヤトミックカフェも15周年を間近にして)、ますますアラフォーみが増してきている今日このごろであります。

いったい世間の同世代のみなさんは、何を考え、何を励みに生きているのだろう、と、私は自分の人生を持て余しながら、考えます。

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気がつけば人生も後半のステージ

昨日のコンテンツが今日にはオワコンになり、半年前がすでに歴史になってしまう、そんな光速ワープ航法な情報社会の中で、「若い」ということが有益な資源となっています。

つまり、その速度に乗り、その中で自分の人生を構築できる、その受容性、スキル、リテラシーを持ち合わせているという若さのアドバンテージが、ますますその価値を上げているわけです。

同時に、そのことは「若さをすでに持たざる世代」のビハインドを際立たせているとも言えます。つまりおじさんにはツライ世の中ということだ。

そんな中で、私は、どのように年齢を重ねればいいのでしょうか。もう、若い人と張り合うのは、知力・体力ともに、無理が来ているし、そんな世代間の戦いなんて有史以来の負けが確定しています。

ましてや、40歳近くともなれば、人生100年社会とはいえ、もうすぐ後半なステージなわけですから、そもそも、自分がどうするか、の前に。まず、他人のために。子供のために。後進のために、道を譲り、作り。ということを、率先してやらないといけない年齢なんじゃないの?と、強く問われているわけであります。

自分が自分が、は、もはや見苦しいぜ。おじさんよ、と。

2019年はメンタルと行動の切り離しをする

わかってはいる。しかし、自分は、まだ、自分の人生で何ら意味のあることを為していない。それなのに、もう、ある種のメインストリームから退場しなくてはいけないのか・・・?という焦りも、寂しさも、虚しささえ、あります。

だからおじさんはあがくわけです。まだまだ負けちゃいらんないぜ、と。

誰と戦っているんだ。お前は。

しかしもう、若さの延長線上でやってきたことを続けるには、もう明確にタイムオーバーであるわけです。おじさんは、これから、どのように生きていくべきか。について、2019年は本気で考えていこう。これからの僕は。

というわけで、2019年は、まず、メンタルと行動を徹底的に切り離していこうと思うわけであります。

これは本当にお恥ずかしい話ですが、何度も書いているように、私の人間的な欠陥として「メンタルに行動が支配されてしまう」ということがあります。メンタルが落ちてるときは、仕事のパフォーマンスが著しく落ちてしまうのです。

ただでさえ老害まっしぐらなおじさんがこれでは困ります。なので、2019年はこれに対処していきます(ちなみにこれは優秀な若い人には存在しない現象なので、おじさん特有のセンチメンタルコリーダです)。

まあ、そうした仕事の面もありますが、来るべき中年期うつに備えなくてはいけない、という実際的な問題もあります。男性は40歳を過ぎると、うつになる傾向があるといいます。

おそらく、年齢的に、自分というものの存在について、自己認知や社会的な役割など、レールを大胆に切り替えていかなくてはいけないお年頃だからでしょう。

どうやって切り離すのか?

メンタルと行動を切り離すにあたって、いくつか施策のアタリはつけています。

キーワードは「自意識のマネジメント」だと思います。

自意識とは「自分が自分をどう思っているのか」「自分がどう思われているのか」という意識のことを指します。これが強いと、周囲を気にしすぎるあまり行動できなくなったり、自分で自分を傷つけたり、あるいは現実とかけ離れた高すぎる評価を自分に与えて人間関係に支障をきたしたり、など、とにかくいいことがない。

この「自意識」、という厄介な代物をどのようにさばいていくか、については、近年関心が高まっているように感じます。負の感情が慢性ストレスとなって健康に害を及ぼす、ということもわかってきているようです。豆腐メンタルのおじさんは常にその有害性にさらされていることになります。怖いことです。

どのように対処するのかについては、すでに世間に知られているいくつかの対処法があります。今回はそのいくつかを紹介します。

  1. マインドフルネス
  2. セルフトーク・マネジメント
  3. 自意識と目指す成果の分離

マインドフルネス

マインドフルネスについては、ここ数年でかなり浸透してきたので、言葉を知っている人は多いと思います。また、行為のレイヤーである瞑想を試みている人も多いでしょう。

実はマインドフルネスは様々な概念を包括したものですが(詳しくは、2015年の時点でいち早くマインドフルネスについて取り上げた、私の拙フリーペーパー「WEBと健康」をお読みください。PDFで読めます。へへ)、ざっくりというと「いま、ここ」に意識を集中する営みといえます。

瞑想しているあいだ、呼吸に意識を集中し、泡のように浮かんでくる考えや感情にとらわれず、眺める、というイメージで、瞑想のあとは短時間でもかなり頭がすっきりすると言われています。

よく言われるのが、瞑想=脳のデフラグ、というメタファーです。

10分程で良いので、毎日の習慣に取り入れるとよいかもしれません。実は私もまだ試行中であります。瞑想が対処法なのか、脳の構造自体に働きかけてくれるのか、まだわかっていません。

セルフトーク・マネジメント

これは、コーチングで有名な鈴木義幸さんの著書から拝借したものです。「セルフトーク」という「言葉」の側面から、自意識をハックする方法です。

私たちは何かを考えるとき、頭の中で言葉を使っています。この頭に浮かんでくる言葉を「セルフトーク」と定義し、これに働きかけることで、自意識をマネジメントしようという方法です。

まず、人にはあらゆることに対する判断基準であるビリーフがある

② ビリーフが他人や環境から刺激を受けると、セルフトークが発生する
③ セルフトークが感情を決定する
④ その感情によって行動が決定する
というわけです。
(略)
この仮説をとることで、自分自身をコントロールすることも可能になるわけです。

この「ビリーフ」がおそらく自意識に近い概念なのだと思いますが、「考え過ぎ」と言われる人は、自分にもアンコントローラブルな領域で負の感情が台風のようにいつの間にか発生し、あっという間に大きくなって、身動きが取れなくなることがよくあります。

なので、「言葉」というインタフェースを駆使して、その領域にアプローチする、という方法論は、面白いと思いました。

著書の中でも、セルフトークマネジメントレイヤーはいくつかあり、「セルフトークそのものをなくす」というのが上位に位置づけられています。

前述のマインドフルネスと合わせて練習するとよいと考えています。

自意識と目指す成果の分離

究極の練習と思われるのが、「自意識を棚に上げる訓練」です。

正確に言うと「自分が目指したい成果(成果物と創り出す行為)に集中する訓練」ですが、これは、「自意識(アイデンティティ)と創り出す思考」という本に書いてある内容です。

本書のメッセージ骨子を私なりの理解でまとめると以下のようになります。

  1. 自分自身が自分のことをどう思っているのか、自分のことを好きか嫌いか、は、変えようがない。だから気にしても無駄である。
  2. 「自分が自分をどう思っているか」「自分を肯定できているか」「自分は何者か」といった自意識と、「自分が人生においてどんな成果を創り出せるか」は、一切関係がない。
  3. だから、自分が人生においてどんな成果を創り出したいか、にフォーカスするべきである。

本書のメッセージは、「自分自身ではなく、創作物(創られるもの)にフォーカスを移すこと」だ。

人生の基本的な指向を変えることだ。何が大切かを測る物差しを変えるのだ。「自分は何者なのか」ではなく、「自分にとって大切なことをどれだけ創り出せているか」にフォーカスを移そう。

自意識、つまり自分がどう見られているか、自分が自分をどう思っているのか、にフォーカスしてしまうと、いつまで経っても望むものは手に入らない。このことを、本書ではシンプルな「構造力学」を用いて説明しています。

矛盾するようですが、自分のことばかりに関わっていると、自分が望むものが手に入らない、ということです。

明快なメッセージではありますが、これを体感するためには、かなりの訓練が必要だろうと本書には書いてあります。

ただ、これを理解するのは簡単でも、実践するのは簡単ではない。規律と自覚がなければフォーカスを移すことはできない。段階的に新しいスキルや習慣を身につけていくことが必要だ。

わかっちゃいるが。わかっていても、生理現象のように湧いてくる負の感情は御しがたいものがあります。マインドフルネスなどを駆使しながら、訓練が必要でしょう。

もちろん、感情や自意識を蔑ろにしろ、というわけではなく、「自分が自分をどのように捉えているか」は、変えられないながら、それを正確に知っておくのは無駄ではないだろう、とも本書に書いてあります。

なぜなら、自意識を正確に知り、受け入れることで、それを隠したり、見ないふりをすることに労力を割かなくて良くなるからです。まさしく、「棚に上げる」ということでしょう。

まとめ

などとということをツラツラと年始に書いて何をやっとるんじゃ。おじさんは本当に面倒くさい。処し難い生き物である。本当に申し訳ないことです。

歳をとってきたならば、本来はおじさんは自分の人生に「利他」成分の割合をどんどん高くし、他人のために生きるべきなのでしょう。そして同時に、自分の人生も追求していかなければいけない。なぜならそうしないとツマラナイからです。

そして、「利他」と「自己実現」をいい感じにブレンドさせ、その配合に日々、苦心しながら、さてさて、どういうふうに人生の第二ラウンドを過ごしましょうかね〜という感じで。まあ外から見たときに、いつもご機嫌なオジサマでいるべきなのでしょう。そのほうが何かと都合がいいはずです。

そのために。

自慢でもなく、憐憫でもない、フラットな自己認知のレールに、がっしゃんと切り替えるという、人生の大仕事が待っているということなのだと思います。

では、2019年もぶっ飛ばしていくぞということで。みなさんがんばりましょう。

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