鎮静剤としての本(4)|「藝人春秋」
ヤトミックカフェ運営人の矢透泰文です。
「鎮静剤としての本」とは、気分が沈んだときや憂鬱なとき、少し気分を落ち着かせてくれる、私にとってまるで鎮静剤のような本を紹介するシリーズですが、今回はもしかすると、鎮静剤にならないかもしれません。
紹介するのは、水道橋博士・著「藝人春秋」です。
この本は、浅草キッド・水道橋博士が、芸能界という「あの世」で関わり、見てきた人たちの物語を描いた作品です。
北野武、松本人志、石倉三郎、甲本ヒロト、稲川淳二・・・彼らとの邂逅が、ときに面白く、ときにセンチメンタルに、ときにジャーナリスティックな筆致で語られていきます。
実に多彩な顔ぶれで、読む人やタイミングによって、この本の中でぐっとくるポイントは違ってくるでしょう。
あるときは「甲本ヒロトと水道橋博士、同級生の再会の物語」や「北野武と松本人志の30年」に心が燃えるかもしれません。
あるいは、「武闘派としての草野仁・割る瓦は3枚でなく・・5枚にしていただけますか!」「三又又三・お前だけじゃない俺もだよ!」に笑い転げるかもしれない。
はたまた、「稲川淳二がなぜ怪談を語るのか?」の理由を読んで、深く心が揺り動かされるかもしれません。
中でも、私がもっとも読んで"動揺"したのは、ポール牧を語るエピソードです。
そこに描かれていたのは、明るく「指パッチン」で一世を風靡をした、あのポール牧の姿ではありませんでした。
椎間板ヘルニアを患っていた水道橋博士を呼び出し
「ワタシはね、どんな難病でも治療するからまかせなさい!」と言い切り、「手かざし治療」を行ったエピソード。
傍目から見れば、ふざけているようにしか見えないそれが、どうやら大真面目の「善行」らしかったというくだり・・・。
善意がねじ曲がってしか放出されない生き方、ホラ吹きを芸としながら純粋さゆえの過激さを御しきれぬ人間の業、一寸先の見えぬ芸人という生き様の闇・・・そういうものを見せつけられるようで、読んでいて本当につらかったのです。
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ハッキリとしていることは、この本は「役に立たない」ということです。役に立たないどころか、むしろ体を蝕みます。スルスルと読めるのに、いつまでも胃にもたれるのです。
僕はサラリーマンになってから、「役に立つ」本を好んで読んできました。「アイデア・プレゼンができるようになる」本から「働き方」の本、「ノマド」本や「マーケティング」そして「仕事の姿勢」本まで。
なぜ読むかというと理由は単純で、読むと元気・やる気が出てくるからです。私は気分が落ち込む度に、カンフル剤のように我が身に打ち込んできました。
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しかし「藝人春秋」は違います。そんな生ぬるいことはしてくれません。はっきり言って単純に元気が出る本ではない。元気が出ないどころか、一気に読むと疲れます。疲れすぎて、ちょっと憂うつな気分にさえ、なるかもしれません。
この本は、いわば劇薬です。飲んだら死ぬかもしれません。
良薬は口に苦し、と言いますが、良薬かどうかさえわからない。
でも、この本を「鎮静剤」として私が紹介する理由はただひとつ、この本が「すげえ面白い」からです。人間は面白い。人生は不可思議に満ちている。私の人生も、もしかしたら・・・そんな気持ちになりながら、読み終えるのが惜しい。それ以外に、本として何を求めるというのでしょうか。
あなたもこの劇薬を飲み干してみませんか。読み終えて、飲み干して、フラフラになりながら、冥界からこの世に戻ってこようではありませんか。そのときにはきっと、「カンフル剤」を打った時とは違う、妙な充実感が漂っているに違いありません。