鎮静剤としての本(3)|「『懐かしの昭和』を食べ歩く」
ヤトミックカフェ運営人の矢透泰文です。
今回は「鎮静剤としての本シリーズ」をお送りします。「鎮静剤としての本」とは、気分が沈んだときや憂鬱なとき、少し気分を落ち着かせてくれる、私にとってまるで鎮静剤のような本を紹介するシリーズです。
今回紹介するのは「『懐かしの昭和』を食べ歩く」(森まゆみ著・PHP新書)です。
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「『懐かしの昭和』を食べ歩く」は、2005年〜2007年にかけての雑誌連載がもとになっています。
戦前から戦災、さらには高度経済成長からバブル期までを生き延びて、商売を続ける店を紹介しています。さらに暖簾を守る主人が語る店の歴史が、そのまま昭和という時代の証言になっています。
たとえば、新宿の「スンガリー」というロシア料理のお店は、歌手の加藤登紀子さんの母・加藤淑子さんのお店です。淑子さんの語る歴史は、まるで一遍の小説を読むようです。
加藤淑子さんは戦前、恋愛結婚をした満鉄社員の夫と、ロシアのハルビンに渡って暮らしていました。(そのハルビンに流れる川が「スンガリー」)
淑子さんは語ります。
京都駅の窓口でハルビンまでの切符が買えました。京都からハルビンまで、一枚の切符でした。
ところが、戦争が始まり、1945年の敗戦とともに満州国がなくなりソ連の兵隊が入ってきます。やっとの思いで帰国した淑子さんは、東京で暮らすことになります。
満州を強制退去させられた日本人のロシア人妻、シベリア抑留の人たち、戦犯となって釈放された人たちがどっと日本に帰って来た。でも職がない。居場所がない。じゃあつくろうじゃないかと、『スンガリー』を開店したんです
最初の店を新橋駅前に出したのは1957年。そこから半世紀以上に渡り、今のお店がこちらです。
このように、アア、店・人に歴史あり・・という重厚な読み物であるいっぽう、食べ物の本でありますから、読んでいるだけで顔がほころぶおいしそうな料理が紹介されています。
しかもうれしいことに、紹介されるお店はどこも決して「高級店」ではありません。明日にも行けそうなお店もあれば、ちょっとしたお祝いのとき、ハレの日に行ってみたいな、と思わせるお店もあり、陳腐な表現ですが、読んでいると腹が減ります。
お酒も飲まず、決して大食漢でもない私ですが、こんな本を読んでいると、ふと今度の休日には「食べ歩き」もいいかもなあ・・・と美味しい空想にふけることができます。
手軽にさっと行けそうなお店としては、浅草の天麩羅屋さん「土手の伊勢屋」がよさそうです。創業明治22年。関東大震災や東京大空襲、戦後の混乱をを生き延びたお店です。
天丼は、海老にキスといかのかき揚げがついた天丼(イ)で1400円。ワオ。リーズナブル!
材料を手でこしらえて、ごま油主体の高温でからっと、きつね色に揚げる。それを、ご飯が見えないくらいたっぷり丼に盛り付ける。つゆの味は下町風で、やや濃い目。
本書によれば、平日夕方は比較的空いているそうなので、インターネットの評価なんかに頼らず、オノレの舌と足を頼りに、行ってみようではありませんか。