欲求はあらためて大事だなあ
こんにちは。ヤトミックカフェ運営人の矢透泰文です。
いよいよ肌寒い日も多くなってきて、秋だなあと思う今日このごろですが、そんな秋の夜長に、さくっと短いエントリーをいたします。
以前「自分の資質を活かすには、人格と欲求を大事にする。」というエントリーを書きましたが、どうも詰め込みすぎて消化不良でしたので関連エントリーです。
「欲求」というキーワードを適当にやっつけることはできなくて、やっぱりそれは人間の動機であり敵であるわけだし、やはりがっつりと考えなくてはいけないと思ったのです。
「ストーリーとしての競争戦略」という本を読んでいまして。本当に素晴らしいし面白いしスパシーバな本なので、ぜひ読んで欲しいのですが、その中で語られているのが、戦略の中核にある「コンセプト」の大事さです。
「ストーリーとしての競争戦略」では、コンセプトが全ての始まり、つまり起承転結でいうと、戦略の「起」だと語られています。
で、その達成のために各要素が連携し、戦略を形作る、という流れなのですが、そもそも始まりであるコンセプトは「人間の本能に根ざしたものでなくてはいけない」というのが痛快です。
「人間の本能に働きかけよ」とは、よく言われることなのですが、この「人間の本能」を無視、あるいは馬鹿にして失敗、というシーンは多いです。
合理的だし最先端だし、すごく見栄えの良い計画が、時に大ゴケするケースが良くありまして、例えば最近では何でもかんでもSNSでつぶやかせようとするんですが、「じゃあ自分はこのことについて、つぶやきたいと思うの?」と作る側が常に問わないといけないのに、そこがすっ飛ばしてしまうというか。
「自分が使いたいと思うか」「自分がそれを好きになれるか。萌えちゃうか」という問いを、バカにしているというか。
自分自身がふだんSNSを使ってないのに、流行りだから、プランに入れておくのがデフォルトだから、という理由でお客にしたり顔で提案するなんて、ひどいわひどいわ!私のことは遊びだったのね!です。
「消費者の欲求をかきたてる」とか「インサイトをつかめ」、大言壮語にマーケティングを語る人は、自分自身の欲求をちゃんと観察していますでしょうか。自分の心が何に震えるのか、自分がどんなときに思わず○○○してしまうか。
僕は、正直、そういうところが足りなかった。反省です。
だいたい、他人の欲求なんかわからないです。所詮、脳みそが違うのですから。脳をドリフト(@パシフィック・リム)させない限りは、わかるはずがないです。だから、観察できるサンプル=自分でテストするしかないのです。
だから自分の欲求をきちんとわかっておくのって、やっぱり大事だと思います。
そのことを、自分に言い聞かせないといけないと思ったです。別にマーケティングに役立つからとか、そういう話をしてるわけじゃないだす。なんか、よくわからないけど僕は何かに怒ってるみたいです。
東洋経済新報社
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