矢透泰文(ヤトミックカフェ主催者)はある日思ったのだ。
全力で書いて、きちんとコラムしてみたい。
全力で書いて、失笑を買ってしまうのもいい。

タイトルに特に意味はない。
意味がないことにも意味がない。
だから何だっていうんだ。

主人公が死ぬようにできている


ついつい僕は人に甘えてしまうくせがあって、
自分で最後まで何とかしよう、というふうに
考える癖がついていない。

「誰かが何とかしてくれるだろう」
とか
「わからなかったら聞けばいいだろう」
と、いろいろ思ってしまう。

仕事でもそうだ。

つい先だって客先に出向いたとき、
「今日は君が全部説明してみて!」
と、言われてしまった。

そんなことは聞いていなかったし、組み立ても
出来ていなかった。
しかし、
「いざというときは助けてくれるのだろう」
と、タカをくくって、臨んだ。

結果は、さんざんだった。
説明はしどろもどろだったし、作るよう求められた
資料の作成期限の設定も、誤ってしまった。

その場では、助け舟は出なかった。
全部、後から指摘されたことだ。
「お前は自分が何をすべきなのかが全くわかってない」
と、言われてしまった。

確かに、その通りだった。


アクション映画やサスペンス映画では、ほとんどの場合、
主人公がピンチに陥る。死にそうになる。
しかし、結局助かって彼らは勝利を収める。

結果だけを見れば、ピンチは乗り越えられるものだ。

ところが、現実はそうじゃない。
映画の中のような、とんでもないピンチに陥ったら、
大抵の人は、乗り越えるどころか、死んでしまうだろう。

死なないためには、
ピンチを乗り越える、という目的のもと、
頭と体をフル回転させなければいけない。

何も映画の中の話だけではない。

僕は、
自分の力で乗り越えなければ、ピンチは乗り越えられない
という単純なことに、今まで気付いていなかったようだ。

ピンチは向こうから消えてくれるわけでなく、
ぼさぼさしていたら僕は死んでしまう。
取り返しのつかない失敗をしてしまう。

主人公は、そもそも死ぬようにできているのだ。
その局面を乗り越えるから、ドラマになるのである。

おそらく仕事だってそうだろう。