第6回:みんな楽しく「ズレて」いる
「クマのプーさん」のお話の中には、
注意しないと気付かないけれど、ちょっと
引っかかる不思議さがたくさんあります。
その中の一つに、「私は誰?」と、ふっと
考え込んでしまうような表現があります。
その例をちょっと引用してみましょう。
▼イーヨーがお誕生日に、お祝いをふたつもらうお話
(註:プーが家に帰ってきて)
家のまえまでくると、コブタがきていましたが、
戸たたきに手がとどかないので、ピョンピョンと
はねているところでした。
(略)
「きみ、なにしてんの?」
「戸をたたこうと思ってね。いま、きたとこ。」
「じゃ、ぼくがたたいてあげよう。」
(略)
「・・・それにしても、だれだか知らないけど、
この家のひとは、なんてなかなか出てこないんだろ。」
そうして、プーは、もういちど、戸をたたきました。
「でも、プー。」と、コブタがいいました。
「これ、きみの家だよ。」
「なんだ!」とプーはいいました。
「自分の家の戸を叩く」。
うっかりもの、と片づけてしまえばそれまでですが
落語の「粗忽長屋※」にも通じる、不思議な
感じがあります。
※道で行き倒れた死体を見て、「オレが死んでいる!」
という粗忽(うっかり)な男が出てくる不思議な話。
つづいて、こちらもどうぞ。
こちらも、読めば読むほど、ちょっと
不思議な感じがしませんか。
▼プーがお客にいって、動きのとれなくなるお話
(註:ウサギの家の入り口の穴にプーが顔を突っ込んで)
「こんちは、ウサギくん。
そこにいるの、きみじゃないの?」
「ちがう。」
(略)
「だけど、それ、ウサギくんの声じゃない?」
「ちがうでしょう。」ウサギがいいました。
「ちがうはずになってるんだもの。」
「はァあ!」と、プーはいいました。
(略)
「じゃ、まことにすみませんが、ウサギくんが
どこへいったか、おしえてくれませんか。」
「プー・クマくんのところにいきましたよ、
ご親友のね・・・」
「だって、ぼくは、ここにいるんですよ。」
プー・クマは、すっかりびっくりしていいました。
「ぼくって、どんなぼく?」
「プー・クマですよ。」
「きみ、それ、たしかかね?」
こんどは、ウサギが、もっとびっくりしていいました。
「たしかに、たしかですとも。」
と、プーはいいました。
最初を読むと、ウサギがプーに対して
居留守を使っているのかな?、と思うのですが、
プーが「きたのは自分だ」と言うと、
ウサギが逆にびっくりする。
ウサギの用心深さをあらわすエピソードですが、
ちょっと驚き過ぎじゃない?という気がしませんか。
このように、「クマのプーさん」は
出てくるキャラクターがみな、
常識的な物言いや、振る舞いをせず
「普通はこうでしょう?」というところから
どこかズレているのです。
ちょっと会話が通じていないところもあったり。
そのがこの物語を、面白く・わかりにくく・豊かに
している要因の一つなのかな、と思います。