矢透泰文(ヤトミックカフェ主催者)はある日思ったのだ。
全力で書いて、きちんとコラムしてみたい。
全力で書いて、失笑を買ってしまうのもいい。

タイトルに特に意味はない。
意味がないことにも意味がない。
だから何だっていうんだ。


他人を見るように自分を見る


少し前に、僕は

知らない間に自分のことが、人のブログに書かれていた。


という経験をした。

その文章が書かれてから一ヶ月くらい後で
偶然そのブログを目にし、
(これは俺のことだ。)
と気がついた。

自分のことが
悪く書かれていたわけではない。

珍しい体験をした!
というわけでもない。

ただ、不思議な気持ちになった。

そこに書かれていたのは
やっぱり自分のことなのだが、
それは
そこに書かれていた事実から
判断したことである。

書かれた文章と自分がつながっている、
という実感はない。
あくまで事実から判断したに過ぎない。

まるで他人のことのように、
自分のことを読んだ。

これは

他人の目から自分を見る、

ということを体験したのだ、
と思った。

自分が自分から離れてしまったような、
ふわっとした感覚があった。

その感覚は、ひとことで言うと、
『違和感』だった。

・・・
最近、僕は

『他人を見るように自分を見る』

ということをしたいと考えている。

自我というもの、自尊心というものが
目を曇らしてしまう、
ということを思うようになってきた。

僕は会社で、印刷物の版下を
作る仕事をしている。

困ったことは、自分が作ったものが、
『良い』か『悪い』か
ということが、判断できないことだ。

人の作ったものなら、
アラや改善点がしっかりと見えるのだが・・・・

自分が作った、というだけで
その結果の良し悪しまでが
わからなくなってしまう。

自分可愛がりもいい加減にせよ。
と、思う。

もっと外から冷静に、
他人を見るように、

自分を見、観察したい。
あの独特の違和感を、徹底させたい。