矢透泰文(ヤトミックカフェ主催者)はある日思ったのだ。
全力で書いて、きちんとコラムしてみたい。
全力で書いて、失笑を買ってしまうのもいい。

タイトルに特に意味はない。
意味がないことにも意味がない。
だから何だっていうんだ。


掘るな。枯れた井戸を


「好きなことを仕事にしたい」
とか・・・
「仕事を通じて成長したい」
とか・・・
阿呆なことを抜かしている奴は、
いったいどこのどいつだ!

はい!僕です。

実はここ半年間、
転職活動に明け暮れている。

今の会社に転職してから、1年半。

3年未満で転職を繰り返す若者が問題に
なっているらしいが、そんな若者に
僕もしっかりと、なっておりました。

他人事だとばかり思っていたが
よくよく考えると、自分でした。

「自己実現」
という名の幻想、あるいは強迫観念に
おいたてられ、
仕事が一向に手につかない若者を、
その先に待ち受けているのは、

ワーキング・プア

という名の蟹工船なんだと。

・・・
なぜ転職したいのか、の理由は
ひとことではいえないけれど、
「このままじゃ、やばい」
という感覚があるからだ。

でも、もっと乱暴に言ってしまえば

「もっとリラックスできるところで
もっともっと、働きたいのだ」

という気持ち。

働きたいのはいいが
「もっと、どこか他の場所で」
と考えてるのが、恥ずかしい。

他を探すな。ここでやれ。
と言いたくなりますね。

・・・
「やりたいことなんか、別になかった。
ただ、来た球を打ってきたんですよ」


先日、あるイベントで糸井重里さんが言っていた。

あ、この人は、自我が薄い!
と思った。

興味の対象は、自分自身より、他人。
そんな人に、僕は強く憧れる。

僕はといえば
人とのまじわりのとき、社会に関わるとき
自分の自我が強すぎて、いちいち傷つき
そのたびに
「もっと突き放さねえと、自分を」
と、反省する毎日なのだ

でも、なかなか、ね。

・・・
どうすれば、もっともっと働けるのか
リラックスして、楽しく働けるのか
まだ、僕には、ワカラナイ。

でも
仕事の目的は
他人を喜ばせることにある。


ということは、確かじゃないだろうか。
自分という井戸を、掘ることではなくてね。

あなたが目指すものの先に、他人がきちんと
いるならば、きっと仕事は大丈夫だろう。

「好きなことを仕事にする」
大いに結構。
「仕事を通じて成長したい」
いいじゃないですか。

最終的に、他人を喜ばせることを目指すなら、
そこに他人が見えているなら、いい。

おーい、自我が強すぎて苦しむ人よ。
仕事に自己実現を求めてさまよう人よ。

あなたが掘っているのは、どの井戸だ?

その先に他人の笑顔はあるか?
もしないなら、
その井戸は枯れておるのことだよ。