矢透泰文(ヤトミックカフェ主催者)はある日思ったのだ。
全力で書いて、きちんとコラムしてみたい。
全力で書いて、失笑を買ってしまうのもいい。

タイトルに特に意味はない。
意味がないことにも意味がない。
だから何だっていうんだ。


対価を得る


「花が美しいのは、見えない根があるからだ」

通勤の途中にあるお寺の入り口に
そんな言葉が掲げられていた。

・・・違和感が残った。

「花」はキレイで得をしていて
「根」は頑張ってるのに目立たず、損。

そんな考え方が、見えた。

美しい花は、見た目はいいが、実は
大したことないのだ。
本当にエライのは、見えないところで
地味に頑張っている、根のほうなのだ。
だから、陽の当たらない庶民たちよ
誇りを持ちましょう。

そんな、呼びかけが見えた。

うえー。

「本当はエライのは、こっち」
という考え方が、僕はどうも嫌だ。

「花」と「根」の構図に代表されるような
プチ被害者意識、みたいな感覚は
いったい何なのだろう。

見た目がいい奴、ゴマすりのうまい奴、
声のでかい奴、口の達者な奴、
そんな人間ばかりが得をしている!

不器用だけど、真面目にコツコツ
努力をしている人間がバカを見ている!

という構図・・・

ちょっと前の話になるけれど
ホリエモンが話題になっていたとき、
マスコミの報道などで
こういう被害者感覚がプンプンしていた。

ロクに働きもしないで、株で稼ぐなんて
庶民をバカにしている!

みたいな、何だか憎悪に近いものが
漂っていたと思う。

・・・

「自分は正しい対価を得ていない」

という激しい強迫観念が、今の時代
僕たちを覆っているような気がする。

転職市場が大いににぎわっているのも
「自分は正しい対価を得ていない」
という感覚と、関係がありそうだ。

・・・そもそも、対価とはなんだろう?

一般的に考えれば、
対価とは 「金銭的な報酬」 だろう。
自分がなした仕事に対して、支払われるものだ。

でも、それだけではなくて、

目に見えない対価もあるんじゃないか。

たとえば、仕事をする中には
金銭的な報酬のほかに

「仕事をしていて楽しい」
とか
「人が喜んでくれる」
とか
「苦手なことができるようになった」
といった、「心の対価」 もあるだろう。

・・・・

「自分は正しい対価を得ていない」
と思うとき、
自分が欲しい対価は、いったい何なのか
じっくりと考えてみるのはどうだろう。

金銭的な対価は、もちろん重要だけれど
それに加えて、目に見えない心の対価を
求めている場合もあるだろう。

「自分はこんなに頑張っているのに、
誰も評価してくれない」

と思い、すごくみじめで、疲れるときが
ときどきあるけれど、それは、心の対価が
得られていないときだ。

いや、そもそも
求める対価が間違っている場合だって
あるかもしれない。

一晩ぐっすり寝て、元気になれば
たちまち欲しくなくなる、そんな対価も。

・・・

「花」と「根」の話に戻りましょう。

たとえば自分が「根」で、
目立つ「花」に較べて、報われてない・・・
と思ったとき

あなたは
「いっそ、花になりたい」
のでしょうか。

あるいは
「きれいな花を咲かせる手伝いをしたい」
のでしょうか。

どちらのポジションが、いいですか。
まずは考えてみると面白いかもしれない。