矢透泰文(ヤトミックカフェ主催者)はある日思ったのだ。
全力で書いて、きちんとコラムしてみたい。
全力で書いて、失笑を買ってしまうのもいい。

タイトルに特に意味はない。
意味がないことにも意味がない。
だから何だっていうんだ。

わからないことで怒られる


「君は、ホウレンソウができていないね」

と、よく言われる。
ホウレンソウとは、報告・連絡・相談のことだ。
仕事をする上では基本とされている。

ところが僕には、肝心のホウレンソウを、いつ、
どういうタイミングですべきなのかが、わからない。

たとえば、最近ではこんなことがあった。
とある資料の作成を、僕が頼まれている。

資料の作成状況について、僕は頼まれた資料が
出来上がってから
「できました!」と報告しようと思っていた。
ところが上司としては、どこら辺まで進んでいるのか、
締め切りに間に合うかどうかが、知りたかったという。

ホウレンソウするべきタイミングに気付かない。
雷が落ちる。

仕方がないじゃないか、と腹の立つことだってある。
わからないんだから。
ホウレンソウの大切さは理解しているさ。 ただ、
タイミングがつかめないだけなんだ。

「わからない」ことで怒られるのは、理不尽だ。
「わからない」というのは、現在の状態であって、
その人がすごく悪い、全面的に悪い、弁解の余地なし
ということではないからだ。

ただ、怒られたときにそんなことを言うわけにはいかない。
それは言い訳にしかならない。
「わからない」のは、理解しようとしていないからだ、
という見方だってされてしまう。

優しい目で「わからないのは悪いことじゃないのよ」などと
言ってくれるような、余裕がある人なんかいない。
もしいたとしたら、その人は仕事のできない人だろう。

わかりません・できませんは、社会人が口にだすとき
最も気をつけなければいけない言葉だという。
「まずは自分で考えてみたか?理解しようとしてみたか?」
ということが、キビシク問われるからだ。

しかし、現実問題として、ホウレンソウのタイミングは
どうやってつかんだら良いのだろう。
何でもかんでも報告・連絡・相談しようとすると、
「今は必要ない」と、言われちまったりする。

それに、いざ報告しようとすると、緊張してしまう。
うまく伝えようと、空回りしてしまって、
「結局お前は何が言いたいんだ」
と、ホウレンソウしたのに怒られちまったりする。
怖いことだなあ。

目下のところ、ホウレンソウが僕の弱点であることに
変わりがない。
弱点を克服するべきなのか、あるいは自分の個性として
飼いならして太らすべきなのか。
社会には答えがないから、どちらも正しい気がする。

自分の頭で考えているか?
他人の頭を自分の頭だと勘違いしていないか?
br> というのは、けっこう重要なキーワードであるような
気がする。