舎流楼灯(しゃるろっと)さんのコラム。
「そばにあるもの」から、さらに世界を広げて
どこへ、いく、のか?


20 仕事(4)

結局しゃるは、
手に入れた絆を社長に返してあげることにした。

しゃるの手元から女の子たちを遠ざけるのは
簡単だった。

会いたくて嬉しくて駆け寄ってくる子から
目を逸らす。
外に出かけるときの「いってらっしゃい」で
最後まで見送るのを止める。

普段なら抱きしめてくれるはずのタイミングで
「それはしょうがないわね」とタバコをふかす。 

誰にも気付かれない方法で、
その子の心をほんの少しだけ傷つける。

たったそれだけのことで、
女の子たちとわたしの距離は
誰にも気付かれず、誰にも迷惑をかけず
少しずつ、でも確実に。

愛情の作り方を知っている人間は
壊し方だって知っている。

本当は辛かった。
一度は心の通ったものどうしだもの。

だけど、しゃるはきっとまた自分の世界を
手に入れられる。

でも社長にはここしかない。

噛み合わない会話の中から読み取ったのは
そういうことだった。

そして、しゃるは社長の奥さんでもなかった。

求められる情報の流れと権限の筋道を立てたら、
つまり
しゃるのやっていた仕事は、家族経営の会社で
奥さんがするようなポジションだったからだ。

社長からほのかに好意を寄せられていた
時期もあったが、
それによって発生するわだかまりが
話し合いの決着を妨げてもいた。

家族に愛をもらえなかったしゃるは
社会のエアポケットを探す癖がついていたため
社会とは
お父さんのふり、お母さんのふり
お兄さんのふり、お姉さんのふり
弟のふり妹のふりをする家族ゲームが
有効だと知っていた。

人がパブリックで傷つく時、それは
家族の誰かであるかのように接してくれた人が
家族でないと思い知らされる時だ。

当然人によっては、
擬似家族的に仕事を進めていった結果
結婚して
本当の家族になるということはあるだろう。

しかし、ほとんどの場合は擬似家族に終わる。

関係はその後も続くことはあるにしても。

そんな感じで、
「役割を演じきる」
それは、仕事を成功させるネックであることは
間違いない。

どこまで、演じきれるか。

それに演じた家族関係が嘘なのかといえば
そうでもなく、
極限まで演じきった時には真実が生まれる。

暖かい場所を作るコツは
風切り羽を切り取ることでも、
尻尾を掴むことでもない。

暖かい場所を作るコツは
暖かい人を演じきることだ。

どんな言葉にも動じず、
どんな出来事にも動じず、
どんな気持ちにも動じない、

崖っぷちぎりぎりでも
笑顔でバランスを取れる人でいること。
もちろん
いつも崖っぷちにいるわけではない。
なるべく、安定したポジションを
キープすることが大切だ。

だけど、周りがそわそわ慌てだすような
不安になるような状況で
その不安に感染しない人。それがプロだ。

そしてそれを知っているのは
この場所ではしゃるだけだった。

そんな風に、
いろいろな思いが自分の中で明確に
浮かび上がった時
しゃるは手に入れたものを
社長に返してあげることに決めた。

(つづく)