舎流楼灯(しゃるろっと)さんのコラム。
「そばにあるもの」から、さらに世界を広げて
どこへ、いく、のか?


18 仕事(1)

しゃるは去年の年末まで都内の某所で
特殊技能の講師をしていた。

もともとはしゃるはその道で
現役をひた走っていたのだけれど、
後輩達の仕事が大変そうな姿を
見ていられなくて講師になった。

その仕事はしゃるの人生の
痛いことや悲しいこと辛いこと
嬉しいこと楽しいこと、
いろんな経験の積み重ねがあってこそ
身につけた力でする仕事で

それまでに経験した苦労を思うと、
そんなに簡単に教えたくもなかった。

社長とも金額の交渉になったが、
「お金に変えられるようなものじゃない」
という強い思いがあった為に
話し合いの決着もつかなかった。

でもやはり後輩の女の子達を見ていると
心配になったので
取り合えず自分の力で生きていけるようになるまで
(といっても、彼女達も大人なので
実際に掛かった期間は3ヶ月程度のものだけど)
教育を引き受けることにした。

そして思いのほか反応がよくてびっくりした。
しゃるは若くて美しい女の子達に
崇め奉られるようになってしまった。

学生の頃から
人にモノを教えるということに関しては
幾ばくかの自信があったのだけど、
だから、
女の子達の実力が上がり
会社に貢献できるであろうということは
予想がついた。

学校の勉強はつまらないと
投げたこともあるような女の子達が
礼儀正しく頭を下げ講習に臨むのが不思議だった。

わたしが人に何かを教える時に
気をつけていることは、

知識や知恵やテクニックを伝えることと
同時に
その子の苦しみを理解したり、
嘘のへりくだりを見抜いて
元に戻してあげたりそういうことだ。

世の中を蹴って生きてきた女の子達は
一見心理戦が上手だったりもするが、

上手に生きていくことも
他の人から愛してもらえるような存在に
なるためにはどうすればいいかも
本当はよく知らない。

わたしは
その子たちの人生を抱えてあげることは
出来ないが、
どうか自分の力で
しあわせに生きられるようになってと
強く強く思いながら接していた。

その点でも社長とは折り合いが合わなかった。

しゃるは
暖かい場所には人が集まる
ということを経験的に知っていた。

だから、
風切り羽を切るようなことをしなくても
ある程度の人員は常に確保できることも
わかっていた。

でも社長は違った。
だからそこでもまた意見は食い違った。

社長は頭が良すぎるため
本当の意味で人を信頼するというのが
難しいようだった。

風切り羽の儀式を終えなければ安心できない
といった面持ちというのも
「わたしは切りませんよ。切ることなど
必要ないですから」
といったら社長が逆上したからだ。

飛ぶことの出来る鳥を飼っておくのが
そして、いなくなることが
よっぽど怖かったのだと思う。

集団の中で人の上に立つ上で
リーダーシップを取るのには大切なことがある。

女性ならみんなのお母さんに。
男性ならみんなのお父さんに。

そうすることが非常に役に立つ。

今の時代の流れのせいなのか、
それとも上に立つってそういうことなのか。
社会の大変さを知らないで生きている
若い世代の一部には
例外が存在するかもしれないが

セクシーでキュートでやさしくて強くて
ユーモアがあって、悲しい時は
胸にぎゅっと抱きしめてくれるような女性
というのはみんな大好きだ。

それがなんなのかを考えたら、
それは理想のお母さんなのだ。

同様に、やさしくてかっこよくて
頼りになって頭が良くて
うまくできたら、すごいぞ!って褒めてくれて
道に迷ったらさあこっちだ!
と行き先を示してくれるような男性に
みんなついていこうとする。尊敬する。

そしてそれは理想のお父さんだ。

一生懸命働く、とんがった女の子たちは
親の愛に飢えている。

お金より信じられるものを他に見た事がないか
近づくことが出来なかったからだ。

そして生きるための信念とは
全てを言葉にするのが難しい場合がある。
あるいはしないで置いた方がいいことがある。

安易に言葉にしてしまうと
言葉だけを信じて意味をすり替え
嘘に甘えてしまう場合があるからだ。

なので全ては教えない。

役に立つことは教え、残りは体当たりだ。
その子にふと魔が差しそうになったとき、
わかっていてもなんでもない顔をして話しかける。
一緒にお菓子を食べようと誘う。
意味も無く抱きしめる。

全てを教えようとしたら
人は怖いことをたくさん知らなくてはいけない。
そういう知識に耐えられるだろうか?
賢くなって知識を悪用する方法を
たくさん知ることになる。

それで目先の何かは手に入るかもしれない。
でもその後にやってくる感情のカオスと
孤独に耐えられるだろうか?

わたしは教え子に
知識とともに孤独を与えたくはなかった。
最後まで愛してあげたかった。

そんな風にしてわたしは
女の子達を思う気持ちで、社長に勝ってしまった。

(つづく)