舎流楼灯(しゃるろっと)さんのコラム。
「そばにあるもの」から、さらに世界を広げて
どこへ、いく、のか?


19 仕事(2)

しゃるはずっと昔から
自分のおなかの中に
モンスターを飼ってる感じがした。

中学生くらいまでは自分のことを
「なじめない子」とか
「勉強のできる子」
位にしか思っていなかったけれど、
高校生になり、
自分のおなかには何かがいるという感じを
はっきりと感じるようになった。

それから10年という年月を経て
そのモンスターの正体がわかった。
それは 『情熱を傾けたい気持ち』 だ。

なじめないわけでも、
勉強が好きだったわけでもない。

『何かに情熱を傾けたい』
つよい気持ちがあって、10代のころは
それを勉強にぶつけただけだったのだ。

仕事に対するわだかまり。

きっと小鳥の羽を切って
それでも商売は出来るのだろう。

消費者というのは残酷だ。
羽が切り取られているなどとも知らず
美しいと囃し立て
飽きたら捨てる。

だから、経営者が
働く人間の一部を損ねたって
気付かれもしないで世界は回っていく。
それはやっぱり悲しいことだ。

しかししゃるはその程度では凹まない。
泣く事だったら誰にでもできることだからだ。

どんな世界にもどこかに必ず
エアーポケットのような居心地のよい場所があって、
波の間を滑っていけるようなバランスがあるのだ。

世の中を生きていくということは
そんな世界を嘆くのでもなく
自分を大切にしない他人を恨むことでもなく

言葉にすれば難しいが、
上昇気流を捕らえたトンビのように
ゆったりと流れに乗ることだ。
しゃるはいつもそういう場所を探している。
乗り方を研究している。

というわけで、しゃるは仕事のとき、
たった何時間かの短い時間なのだから
お客さまならお客さまにとって
教え子なら教え子にとって
最高のパートナーを演じてあげたいと思っている。

たとえばお客さまなら、そのほうが気持ちよく
いい品物を選ぶことが出来るし、
教え子なら、ぐんぐん伸びるからだ。

しゃるは虐待されて育ったが、
ひとつだけ母親にもらってよかったものがある。
それは
「ないものは作ればいい。いない人にはなればいい」

しゃるは女の子達の前で
理想のお母さんになった。
やさしくて憧れで大好きなお母さん。

最初しゃるはその役割を
自分が癒されるために引き受けた。
自分だったらこんな時こうしてくれる人がいたら
もっと強くなれたとか
もっと仕事頑張れたとか。

でもそれが、女の子達のほうからも
求めてくれるようになるとは思っていなかった。

悩み事が解決したら
またいつもの日常に帰っていき
しゃるは静かな日々をすごすのだと思った。

さすがにお母様とは呼ばれなかったけれど
みんなにお姉様と呼ばれ
帰るときには必ず挨拶され
タバコには火を付けられ
飲み物は誰かの手で注がれた。

(つづく)